どうも、ぺんぺんです。

 

3月も終わりに入り、今娘は新生活の為に、合格した中学校からの宿題やコース別に出されている勉強をしています。昨日からは、塾の春期講習に行って、数学だけ教えてもらっています。

 

中学受験を終わって、いろいろと変わったことはあります。

下剋上受験」のあとがきでも著者の桜井氏も書かれていますが、

考えさせられるありました。

それが、いい方向であればいいのですが、悪い方向へ行くこともあります。

私は多分(自信はありませんが)いい方向に向かったと思います。

 

 

 

中学受験は親の受験!

中学受験を決めた時、私は難治性の気分障害で、ちょっとしたことで躁鬱の波が激しく動くから、主治医から「やめとけ!」と止められました。しかし、自分の娘の為に頑張ろうと決めたから、それを主治医に告げると「お母ちゃんがしっかりせんとあかんで。負けるな!」と言われたのが、その時はわかりませんでした。

 

入塾したのは小4でしたから、少し出遅れたというのはあります。

最初はボロボロの成績でしたが、とにかく怒らずに精神面のフォローに徹しました。

せっかく成績がぐんぐんと上がったと思ったら、小5と小6で学校問題が出てきて、

学校での辛さと塾での辛さが重なって、けんかになったことはたくさんあります。
塾の先生と、しょっちゅう面談をして、どうすればいいかというのを話し合いをして、

個別指導に回ってからも、各先生とのコミュニケーションを欠かさないようにしました。

 

いじめ発覚後は、学校と受験との闘いでしたから、私としては精神的にボロボロになりそうでした。でも、娘が志望校不合格になると、いじめてきた子供と同じ中学に行くか、転居して別の中学にいくしかありませんでした。それもいやだったけど、娘に余計なプレッシャーは与えたくなかったので、辛そうな時はそっと寄り添って、夜遅くなる日はお弁当を作ってあげて持たせたりしました。

 

当日も、いろんなお母さん方がいて、田舎者の私と娘は、何度も説明会やプレテストに来ていましたが、私がふらふらしていてはいけないと、気をしっかりもって、当日は控室で、医学コースを受けるというお母さんグループ(多分塾で知り合ったんでしょ)との会話を聞かないように、音楽をガンガンかけて聞かないようにしていました。

 

まさに中学受験は、親の精神面の戦いであり、親の受験だったと思います。

 

合格後に変わった娘

いじめを受けて、精神的に立ち直る暇もなく、受験に突入したせいか、「絶対、落ちられない」という気持ちもあって、受験1か月前は12時までに寝かせていましたが、それまでは、最高午前2時まで勉強をしていました。

中学受験否定派の方だと、「子供をそんなに勉強させて、かわいそう!」「虐待」とか言われました。でも、中学受験の問題を見れば、黙ってしまいます。

特に小6の夏以降は、中学受験にしか出てこない特殊算や立体図形の展開など、

中学以降の数学なら一発で解ける問題を小学生が小学生の知識と推理力で解くのですから、それなりに問題はひねくられます。

 

だから、それだけの勉強力はどうしても必要で、小学生の頭に中学生の知識を無理やり入れるのだし、多少の無理は必要になります。

私も心配になりましたが、「ここでさぼったらあかん!」と娘は必死になったのが、小6のいじめ発覚後で、不登校にしてからでした。

くやしい気持ちが大変強かったのだと思います。

だから、私は止めはしませんでした。

 

無事に志望コースに合格して、大喜びをしたのですが、

学校側から嫌がらせを受けて、合格後も不登校になりました。

自分の卒業文集の書き直しと検閲で、小学校に対して不信感は大変持ちました。

娘の元の原稿はまだ私の手元で保管しています。

その後、卒業文集をもらって、みんなの作文を読んでいると、

いじめた子供たちの内容に大変怒りを感じたのか、将来なりたい夢を

大転換するようになりました。

 

娘の将来の夢

それまでは、私の病気の為にと「臨床心理士」を目指そうとしていました。

しかし、校長の卒業文集の検閲と担任の字の指摘で、娘は大変怒りを

感じたと話しています。

こんなことがあっていいのかと、私も抗議しました。

いじめ対策の先生は「文集売買で将来お子さんが嫌な目にあわないように」と

説明はしてくれましたが、校長と担任の言い分は全く違うものでした。

あきらかに、自分のクラスで起きたいじめおよび学校でなんとか処理をしたという名目と思われます。

娘は「公平性」という言葉に敏感です。

 

なぜなら、テストは常に100点を取っていて(たまに95点もあり)授業も必死に手を挙げているのに、個人懇談会に行くと成績表は「できる」「頑張りましょう」という不当評価で、テストもこちらから抗議してようやく返却。

そして、いじめに加担した子はどんなに字が汚くても、文法がおかしくても手直しなしで掲載されていたことに、娘はかなり怒りを感じたのです。

 

こんなことがあってたまるか!

 

そこで、考えたのが、「弁護士」でしかも国際的なやりとりができる通称「国際弁護士」正式には渉外弁護士で、外資系企業で働くもしくは日本で働くと決めました。
娘が入るコースは、英語特化コースなので、1年間の留学が認められているし、デベートについて力を入れていて、理論的に相手を納得させる力も要求されるので、本人は決めたようです。

その為には、お金がいるので私達夫婦で何とかしてやりたいと思い、私も頑張るようになりました。

 

これからが本当のスタート

小学校では苦い思いばかりしましたが、娘は中学受験で大変強くなりました。

そして、私自身も途中本当に泣きながらも、乗り越えることができたことで、

「病気の私でも、中学受験を一緒に乗り越えられた」という自分自身を褒めてあげられるようになりました。いつも、自己否定ばかりだった私が自分を褒めることって少なかったと思います。

入学後、どういうクラスメイトや部活で6年間過ごすかはわかりません。

今成績はどうなのかも謎の状態ですが、これが本当のスタートで卒業して最終的にどういう夢を持って、その夢をかなえているかが、とても楽しみです。