どうも、ぺんぺんです。

 

この頃、体調を崩しがちで思うように書けない日がありまして、すみません。

最近、実家の両親も調子を崩しがちで、70歳後半になるので、

ついつい気弱になるんですよね。

その相手をしていると疲れるのですが、これも兄は我々を見捨てたということも

あるし、娘の私しか頼れないということで、仕方ないんで話に付き合っています。

そこで思い出したのが「四苦八苦」です。

 

 

本来はこういう意味ですよ

「大変な仕事で四苦八苦苦労する。」「子育てで四苦八苦する」と

「四苦八苦」を使っている方は多いと思いますが、これは実は大間違いです。

「四苦八苦」というのは元々は仏教用語です。

人間には、基本として4つの苦しみ「生きること・死ぬこと・老いること・病気になること」があり、さらに4つの苦しみがあると言われています。

愛する人と別れる苦しみ「愛別離苦(あいべつりく)」、憎い人や嫌いな人と会わなければいけない苦しみ「怨憎会苦(おんぞうえく)」、欲しいもの求めているものが思うように得られない苦しみ「求不得苦(ぐふとくく)」、人間の精神と肉体(仏教用語では五蘊”ごうん”といいます)が思うようにならない苦しみ「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」のこれら4つの苦しみを併せて8つの苦しみを人間は一生涯背負って生きると言われています。

 

生きていくこと自体が苦しみなのです

よく「苦労してこそ花が咲く」という話がでますが、それはちょっと違うような気がします。

人間は、お腹の中でいるときは、お母さんの羊水のなかでぷかぷか浮かんで、へその緒でつながって10か月を過ごしますが、この世に出た瞬間に、自分で呼吸をしなければ死んでしまいます。これが、人間最初の苦しみです。

自分で呼吸しなければ死んでしまうから。

そして、どんどん年齢を重ねて、いろいろと楽しいことが続くと思ったら、予想外のことに出くわして苦しむことが出てきます。

人間というのは、生きてること自体が苦しみでもあります。

さらにいろんな苦しみがあるのですから、苦難に満ちた人生を人間は生まれながらに背負わされて、自然と苦労はするということにもなるのです。

 

苦しいことがあっても投げ出さない。それが人生

苦しいことはたくさんあります。悲しくなって死にたくもなります。

しかし、死んでしまうことことにも苦痛はあるのですから、人はそれぞれに課せられた人生を全うして大往生するのが、本来の生き方なのだと思います。

私は、難治性の気分障害で、何度も何度も天国に逝きたいと思いました。

でも、そんなことをしたら、一人娘を悲しませてしまう。

だから、苦しいことや悲しいこと、理不尽なことがあっても、

生きていこうと決めました。

これは、作家の五木寛之さんが親鸞聖人さんの研究をされて、たくさんの本を出されていたのを読んでいて、辿り着いた結論です。

 

苦しくみがあるから人に優しくなれる

最近「暴言」という形で心無い掲示板などで晒すことで

すっきりさせている人が多いと見受けられます。

よくよく読んでいると、それは自分の不満や苦しみを、他人さんの弱点を

見つけ出すことで、苦しみから逃げようとしているとしか見えませんし、

それがいい解決とは私は思いません。

私も、誰かを苦しめているかもしれないと、いつもいつも自分に問いかけています。

人というのは、実に残酷で誰かの犠牲の上に生きているともいえるのかもしれません。

しかし、その残酷なことをしてしまったことに早く気が付いて、

自分が「神様仏様」のようなやさしさで人と接していけばいいのです。

苦しみから憎しみを生むのではなく、人のお役に立てる力に変えてください。

 

もし、興味のある方は、この本でも紹介されているので、ご一読ください。

 

人生は価値ある一瞬(ひととき)

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