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どうも、ぺんぺんです。

昨日は、子宮体ガンの検査結果で無事陰性とわかり、ほっとしていますが、
今日は一転して体調がよくなくて、朝から調子が悪くて寝ていました。

(ここからは、読むのがつらい人は読まないでね)

私は、一人娘を出産してからは、出産時に大量出血をして産んで、
その後、里帰り出産をして、誰か家族が手伝ってくれると思えば、
一切なしで、産後うつをもう発症しているのに、1人でなぜか乗り切りました。

私の出産は、41週の予定日超過で2日半かけて、微弱陣痛や赤ちゃんの心拍ダウンで
陣痛促進剤を使っての分娩です。

今「コウノドリ2」が放送されていますが、妊娠・出産にはドラマがたくさんあります。
決して妊娠・出産の人が幸せと言うわけでもありません。
中には妊娠継続が難しく、人工的に流産させなければならないケースはあります。

私自身、妊娠6ヶ月で切迫流産の兆候があって、自宅でじーっとトイレ以外
動くことを禁止されたことがあります。(でも、ちょっとご飯を作ったぞ)
双方の実家から誰も来ず(旦那の方は近かったんだけれど)、1人で心細く
過ごしました。

旦那が早く帰ってきて、半パン(なぜかメルヘンワールド、くまちゃんパンツ多し、
私チョイスではない)でご飯を作ってくれて食べていました。

里帰り出産を決めていたので、指定された月数で実家に戻りましたが
臨月での検査で院内感染で有名なMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が
産道から見つかり、毎日消毒と検査でした。

MRSA保持のまま、陣痛が始まって出産すると、MRSA感染者として、
親子で他の母子とは同室にはなれなくて、専用病室に隔離です。

毎日「まだ出て来たらあかん!」とお腹につぶやいていたら、本当にその通りになって、
MRSA陰性とわかった途端に陣痛がついて、しかも心拍停止やアップとわかり、
そのまま入院しました。

予定日超過をすると、羊水は早いひとでも39週くらいから減り始めます。
41週だとかなり少なく羊水は微量になります。
赤ちゃんは羊水で浮けなくなるなるので、自然と胎盤とへその緒を圧迫するので、
心拍停止が始まります。

精神的に怖くなったせいか、微弱陣痛になり、途中で実家に帰って
また陣痛復活で病院にいっても、微弱陣痛で陣痛促進剤の点滴を使って
ようやく2日半かけて、娘を無事に産みました。

それから先は産後うつになって、うつ病になり、しかもホルモン異常になり、
ずっと産んだ病院で取り上げてくれた先生のお世話になり続けています。
これから先、もう子供を産むということはなく、生理をなんとかコントロールして
閉経へと移行します。

赤ちゃんの誕生というのは、素晴らしくて、時には残酷です。
「コウノドリ」のサクラ先生は、不遇な境遇の中で産婦人科医になりました。
でも、育ての親に言われた言葉「人一番辛い思いをすれば、人一番幸せにもなれる」
この言葉に、私は涙を流しました。

私よりもっと大変な方はいらっしゃるし、現実に、今通院していて、
泣きながら帰る人をこの13年間、通院で見続けてきました。
女性の体は、とてもデリケートで、なぜか「赤ちゃんという一つの命を
抱える」宿命をも背負わされています。

いろんなドラマが人生にはあります。

辛いことは多々あるけれど、そのぶん人に優しくもなれて強くなれるし、
人としての深みも増す。

私は、この記事は「自分の出産は辛かった」と言うわけで書いたのではなく、
あるひとつの例として書きました。

妊娠・出産をこの13年間、産婦人科の病院通いでずーっと見て、
精神疾患病院の転院先は、老人がメインなので、老いていく人たちを
もう何年見ているのだろうというぐらいです。

だから、人が生まれ老いていく姿を見ているから、冷静に人として
どう生きていくべきかと哲学的に考える癖がついてしまいました。

自分が、子宮体ガンの疑いが出た時は、本当に怖かった。
その反対に自分はいつか天国にいくのだから、
覚悟はしとこうとも思いました。
陰性とわかったときに、嬉しかったけれど、もっと私を変えたのは、
「生きていてよかった」ということです。

五木寛之氏の本で「生きているだけで素晴らしい」という一文から
始まるエッセイがあります。
その一文こそ、まさしく人が生きている理由なのでしょう。