google-site-verification: google893c828015ccc08d.html

ぺんぺんのペタペタ知識欲

中学受験と教育をメインに、WEBライターのお話などその時の話題を 提供しています。

はじめまして。ペンペンと申します。
ライターをしていましたが現在休業中です。
持病を持ちながらも娘とともに中学受験にチャレンジして
2017年1月に中高一貫校に合格しました。
今春(2020年4月)より高校部へ進学します。
中学受験や教育のことがメインになります。

どうも、ぺんぺんです。

 

この頃、体調を崩しがちで思うように書けない日がありまして、すみません。

最近、実家の両親も調子を崩しがちで、70歳後半になるので、

ついつい気弱になるんですよね。

その相手をしていると疲れるのですが、これも兄は我々を見捨てたということも

あるし、娘の私しか頼れないということで、仕方ないんで話に付き合っています。

そこで思い出したのが「四苦八苦」です。

 

 

本来はこういう意味ですよ

「大変な仕事で四苦八苦苦労する。」「子育てで四苦八苦する」と

「四苦八苦」を使っている方は多いと思いますが、これは実は大間違いです。

「四苦八苦」というのは元々は仏教用語です。

人間には、基本として4つの苦しみ「生きること・死ぬこと・老いること・病気になること」があり、さらに4つの苦しみがあると言われています。

愛する人と別れる苦しみ「愛別離苦(あいべつりく)」、憎い人や嫌いな人と会わなければいけない苦しみ「怨憎会苦(おんぞうえく)」、欲しいもの求めているものが思うように得られない苦しみ「求不得苦(ぐふとくく)」、人間の精神と肉体(仏教用語では五蘊”ごうん”といいます)が思うようにならない苦しみ「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」のこれら4つの苦しみを併せて8つの苦しみを人間は一生涯背負って生きると言われています。

 

生きていくこと自体が苦しみなのです

よく「苦労してこそ花が咲く」という話がでますが、それはちょっと違うような気がします。

人間は、お腹の中でいるときは、お母さんの羊水のなかでぷかぷか浮かんで、へその緒でつながって10か月を過ごしますが、この世に出た瞬間に、自分で呼吸をしなければ死んでしまいます。これが、人間最初の苦しみです。

自分で呼吸しなければ死んでしまうから。

そして、どんどん年齢を重ねて、いろいろと楽しいことが続くと思ったら、予想外のことに出くわして苦しむことが出てきます。

人間というのは、生きてること自体が苦しみでもあります。

さらにいろんな苦しみがあるのですから、苦難に満ちた人生を人間は生まれながらに背負わされて、自然と苦労はするということにもなるのです。

 

苦しいことがあっても投げ出さない。それが人生

苦しいことはたくさんあります。悲しくなって死にたくもなります。

しかし、死んでしまうことことにも苦痛はあるのですから、人はそれぞれに課せられた人生を全うして大往生するのが、本来の生き方なのだと思います。

私は、難治性の気分障害で、何度も何度も天国に逝きたいと思いました。

でも、そんなことをしたら、一人娘を悲しませてしまう。

だから、苦しいことや悲しいこと、理不尽なことがあっても、

生きていこうと決めました。

これは、作家の五木寛之さんが親鸞聖人さんの研究をされて、たくさんの本を出されていたのを読んでいて、辿り着いた結論です。

 

苦しくみがあるから人に優しくなれる

最近「暴言」という形で心無い掲示板などで晒すことで

すっきりさせている人が多いと見受けられます。

よくよく読んでいると、それは自分の不満や苦しみを、他人さんの弱点を

見つけ出すことで、苦しみから逃げようとしているとしか見えませんし、

それがいい解決とは私は思いません。

私も、誰かを苦しめているかもしれないと、いつもいつも自分に問いかけています。

人というのは、実に残酷で誰かの犠牲の上に生きているともいえるのかもしれません。

しかし、その残酷なことをしてしまったことに早く気が付いて、

自分が「神様仏様」のようなやさしさで人と接していけばいいのです。

苦しみから憎しみを生むのではなく、人のお役に立てる力に変えてください。

 

もし、興味のある方は、この本でも紹介されているので、ご一読ください。

 

人生は価値ある一瞬(ひととき)

人生は価値ある一瞬(ひととき)

 

 

f:id:potechitan:20170322180306j:plain

写真提供:「写真AC

 

どうも、ぺんぺんです。

ようやく、気持ちも落ち着いたので、このことは書かなければということで、

書くことにしました。

無事に、娘は小学校を3月15日に卒業しました。

特別室で仲良しだった子と二人で、本当の卒業式前日の夜にして頂きました。

 

でも、本当はすごく悲しいし悔しいのです。

 

 

本当は、一人での証書授与だった

娘は、クラス内での大量人数によるいじめと、担任の不当評価で体調を崩して、不登校になりました。それが昨年の11月。

中学受験予定だったので、心のメンテをしながらも中学受験を乗り越えました。

落ち着くまでは過呼吸発作をよく起こしましたから、クラウドソーシングの仕事は

ほとんどなしにして、勉強につきあったり、学校との話し合いで、毎日が地獄でした。

無事に合格の声が聞けても、その後学校側にいろんな書類提出をお願いしにいかないと

行けなかったのが、ちょっとまずい方向に行きました。

 

「いじめによる不登校は、実は中学受験の為だったのでは?」と疑われて、

嫌がらせが復活したわけです。

特別室へ頑張って通うようになったのを機に、担任が嫌がらせをしにくると、

娘から話を聞いたので、仕事はあきらめて、学校へ行ける日は付き添うという日々で

精神的に参りそうになりました。

そして、子供を無理やり卒業式本番に参加させようという動きを知ったので、

校長に抗議しました。

まだ、いじめてきた子供たちから、なんら一言も謝罪はありません。

それは許せないし、担任や学校がいじめを隠蔽しようとしたからです。

そこで、いじめ対策専任の先生も、これらの動きに気が付いていなかったことや

自分を通さずに学校が動いたことに腹を立ててくれて、校長に申し立てを

してくださって、話し合いの結果、卒業式の前日の夜6時に

準備が整った体育館で授与式をしてくださることになりました。

 

幼馴染の子も一緒に卒業

これは、本当に奇跡で偶然なのですが、同じ日に同じ病院で隣のLDR室で産まれて、

産前のマタニティビクスで知り合ったお母さんのお子さんが、特殊事情で支援学級に

本来はいてるはずなのに、特別室でかくまわれていました。

その子も、卒業式に無理やり参加させられて、すごく暴れていたらしく、うちの娘のいうことは聞くようでしたので、娘が説得したようです。

 

それをいじめ対策の先生が見ていてくださって、「二人とも一緒に卒業式しようか?」と提案してくださって、話し合いの末、実現しました。

 

卒業式当日

本番の前日3月15日、主人がバースデー休暇を取ってくれて、一緒に出席してくれました。また、幼馴染のお母さんとお父様と同席しました。

幼馴染のお母さんは、実は数年前に旦那様をがんで亡くされていて、

それで亡くなるまで住んでいたマンションを売って、実家に引っ越ししてきていたのですが、お子さんにちょっと特別な事情があるとは全く知らなくて、久しぶりに会った時に、ショックを受けるほどの変わりようだったので、泣いてしまいました。

(ちょっとプライバシーの問題もあるので、詳細は伏せます)

久しぶりに会うお母さんも、すっかり疲れ切った顔をしていて、体育館で会ったとたん、涙が出てきて、二人で泣いて抱き合いました。

 

卒業式は、通常の卒業式とは違い、国歌斉唱もなく、卒業生入場と証書授与のみで

終わりました。

あっけない終わり方でした。

一応記念撮影はしましたが、なんだか悲しくて泣けてくるばかりでした。

 

いじめ対策の先生にもお礼をいいましたが、先生の方が大号泣していて、

「ごめんなさい。お子さんやお母さんを守り切ることができなくて、本当にごめんなさい」と謝っていました。この先生には罪はないのに。

担任の方は、「あー、すっきりした」みたいな顔をしていて、腹が立ちましたが、

社交辞令でお礼を言って帰りました。

 

結局一体6年間はなんだったのか

6年前の4月は、ニコニコ家族で笑顔で新しい制服をきて、無事に6年間何事もなく卒業できると信じていました。

しかし、実際はひどい仕打ちをうけ、しかも普通の子供たちと一緒に卒業することなく、寂しく去っていくことになりました。

子供には本当にすまないことをしたと、情けない気持ちです。

でも、娘は前向きでした。

「小学校は最悪だったけど、今度は中学校高校と一緒だし、新しいこともあるし、もう今日の卒業式のことは忘れよう」と言いました。

翌日、本当の卒業式を覗きに行こうとしたのですが、やっぱり案の定過呼吸発作を起こして、行けなくなりました。

結局、いじめてきた子は日の当たる道を歩いて卒業し、いじめられた子はひっそりと卒業するという、逆転現象が出ての卒業式でした。

 

でも、きっと私はこれはまた逆転すると思っています。

いじめられた子には、必ず明るい光があたると、信じています。

そして、幸い娘はいじめられたことを憎んでいるけど、反面教師にして、優しい心を大切にしながらも、公平性を大切にすること、自己主張をしっかりすることを自覚するようになり、しかも私立中学の英語特化コースに進学するので、英語を完全にマスターして、国際的に動ける弁護士を目指すという、別の夢を持つようになりました。

 

それは、親からすれば、叶えることは非常に難しくて、本人の努力でも叶えられないかもしれない職業かと思います。いじめられた経験を悪い方向に使うのではなくて、

「正義」「平等」「公平」というのは、非常に大切なことと思うので、娘が目指したことなのならば、応援してやりたいと思います。

 

小学校生活は悲しいものでしたが、これからの生活はきっと明るいものであることを祈ります。

 

どうも、ぺんぺんです。

 

久しぶりの更新で、大変失礼いたします。

子供の卒業問題と、仕事の調べものの都合でバタバタして更新をサボっていました。

 

ちょっと仕事の合間にネットサーフィンをしたり、SNSでちょこっと

意見を書いたりしていますが、SNSで一度きついことを言われて、

かなり落ち込んだことがあります。

 

「おい、おばはん!自己承認欲強くない?」

 

とある方にSNSで言われて、

ショックを受けたことがあります。2ちゃんねるでも、特定人物を叩くスレッドを見ると、「おばはんは、自己顕示欲とか自己承認よくって強いよね。就職とか大変だったからその反動かな?」と書かれていて、「はぁ~?」と理解できない部分がありました。

年代に関わらず、「自己顕示欲」「自己承認欲」って人は必ずちょっぴりあると思うし、成長の中で、強くなるか弱いかの違いだと私は思うんです。

 

この2つの欲が強い人って一体どういう人が多いのかなぁと考えてみました。

 

f:id:potechitan:20170321130740j:plain

写真提供:「写真AC

 

「自己顕示欲」「自己承認欲」が強い人の共通点

それぞれの欲は、嫌われる要素なのですが、誰しもが生まれ持っている欲だと

私は考えます。

 

誰だって、「自分の努力は認めてもらいたい」「自分の特技はすごいんだぜい」など

「どや!」っていう気持ちはあるはずです。だから、特技があればそれを活用すれば

いいのだし、努力して自分の地位を向上すればいいし、いい方向にもっていけば

いいだけの話なんです。

でも、人間というのは、自分勝手な部分もあるから、「もっと認めてほしい」「もっと褒めてほしい」「自分をもっと見てよ!」となりがちです。

それに早く気が付いて、押さえればいいのですが、中には暴走してしまう人もいます。

 

ネット文化でさらに目立つように

インターネットは基本は「言葉・文章のみの世界」ですよね?

ネットでの文章書きと、作文や論文の世界はちょっとおつきあいの仕方が違いませんか?SNSが代表だと思います。

私がツイッターFacebookを始めたときは、気楽で有名人とも直接やり取りができてお気楽ネット文化だったと思います。

それが、どんどん利用者層が広がると、けんかは始まるし、ちょっとしたことで炎上してしまいます。

そのきっかけって、本当にその人にとってなんにも自慢とかじゃなくて素朴な喜びを

言いたかっただけなのに、簡単に炎上させられて消火活動が大変です。

 

仕事でも見ていていやだなぁと

Twitterはいったん止めていたのですが、クラウドソーシングの仕事をきっかけに

再開させて、同業者などともやりとりをしたりしています。Twitterの情報が

役に立って、別の新しい世界の仕事に突入しているのも事実です。

時々、ちょっと書き込みを見ていて、苦しくなることはあります。

自分も多分そうだし、わきまえて書かない人もいるけれど、知らず知らずの

うちにどれぐらいの仕事をしているなどのつぶやきは見かけます。

これも「自己承認欲」「自己顕示欲」のゆるいバージョンかとみています。

冒頭にも書いた言葉を一度書かれたので、正直Twitterとか他のSNSでは、

書き込みに十分気を付けています。

いや、気を付けているつもりが、誰かを嫌な思いにさせているかもしれません。

 

この書き込みは許るさん!

2ちゃんねるで、ライターヲチスレッドなるものは、よくあります。

いろいろ見る機会はありますが、「40代のおばはん達って、自己顕示欲とか承認欲って

強くない?」「そうだよね、うざい」というのをよく見るのですが、私も40代後半の

人間です。

そのスレッドの中で、「1972か3年生まれの人って就職難だったんじゃない?だから必死なんじゃないの?」という分析をしている人はいました。

 

はい、確かにその通りです。

正確にいえば、1971年~1972年の短大や専門学校卒業の人は、

ぎりぎり就職難にはなりませんでしたが、それより下の学年もしくは71年から72年

で4年制大学に行った子は、学部によっては就職難でした。

(学部によってはというのは、医学部・薬学部・法学部はそれぞれ在籍年数が異なるのと専門職ですから、話が変わってきます)

それと、無事に就職したとしても、湾岸戦争が始まったので、景気が悪くなって、

人員整理というとんでもない人事はあったし、首切りも多くありました。

その中で、生き残れた子とやめなければいけない子とに大きく分かれました。

バブルはもうはじけていたので、バブルは多少関係はあるかもしれません。

 

私自身も新卒で入った会社は有名な会社でしたが、パワハラで退職しました。

その後、3社転職しています。いろいろと苦労はしましたが、その苦労が今の

私の仕事を支えているともいえます。

 

クラウドソーシングの仕事を初めたては、確かに畑違いだったので、「自分の今までの苦労を認めてほしい」と強調していた部分はありました。

しかし、その苦労話は人によっては「自己承認欲求が強い」とみられたのです。

結局、ぼろくそに叩かれることになって、筆を一回折っています。

 

年齢関係なく「欲」はある。その強さが違うだけ

よくこれらの欲望の強い人は「自己愛が強い」「努力家」「自己評価が高くないと不満を持つ」などでよくみると「自分を注目してくれない。正当評価してくれないと許せない」という点が強いのではないかと思うし、誰でも多少なりとも持っているはずなんです。それが、強いか弱いかの問題で、正当評価されなければ、怒って当然。

 

でも、クラウドソーシングの世界は、正しい答えがあるようなないような世界だから、

クライアントと自分の双方の意見や考え方が合わないとつらいですよね。

最近、自分と同じ年ぐらいの人がこの業界で暴れていると知り、いろいろ観察はさせて

もらっていたんですけど、執筆している文章はすごくきれいなのに、評価にムラがあるんです。たぶん、いざ着手したけれども気に入らなくてけんかになったのかなぁと思われます。打ち合わせで何かあったのかとは思いますが、「自分」を否定されてしまったのかなぁと。

 

「自分」ときちんと向き合っていれば、顕示欲とか承認欲っていうのは消えると私は思います。「自分を愛してあげる」ということは非常に大切で、「自分」を信じて愛してあげないと、自分自身がみじめになってしまいます。

だから、正当な評価を受けられなくても、それはそれで認めてあげる。

自分の特技が認められなくても、何か他のことで才能を広げてやる。

 

そうしてやることで、「自己顕示欲」「自己承認欲」ていうのは、薄れるし、

誰からも愛されるようになると思いますよ。

どうも、ぺんぺんです。

先日、自立支援医療(精神通院医療)制度についての記事がツイッターで流れていて、

記事についてコメントを付けたのですが、リツイートが多くあって、

その日とても困りました。

 

decoboco.jp

 

私は、「気分障害」での通院ということで、毎年更新をしていますが、

この方の執筆内容でも書かれていますが、「なぜかどこの医療機関でも

患者に積極的に知らされることがありません」という一文があります。

 

私は今で3件目で2件目の総合病院の精神神経科に通院をしていた時に、

ツレがうつになりまして」で、自立支援医療(精神通院)制度を知り、

主治医に申し出て、申請をしました。

 

ツレがうつになりまして。 (幻冬舎文庫)

ツレがうつになりまして。 (幻冬舎文庫)

 

 

私のツイートの引用リツイートで皆さん共通していたことは、

「なぜ、病院は教えてくれないの?」というのが共通でした。

 

今日、たまたま受診日でちょうど予約制でも空いていたし、パソコンを修理した

という貸しがあったので、詳しく私で説明できる範囲内で教えて頂きました。

 

 

制度を使うかは患者本人から主治医に申し出ること

自立支援医療制度自体は、「福祉制度」の一環であるということです。

精神科の治療は長期間に及ぶことや、薬代が高くつくという点から、

「先生、私の治療費、3割負担だとしんどいんです。いい方法ないですか?」と

申し出た時点で、主治医が「この人には自立支援医療制度を使った方がいい」と

判断して、初めて手続きが可能になります。

 

ただし、心療内科ではなく、「精神科」で受診していて、「精神保健指定医」の

認定を受けている医師が、所定の診断書を書くことができることになっています。

ですので、心療内科で受診していれば、当然利用はできません。

また、精神科でも、様々な病院が自立支援医療(精神通院)を利用できるとは

限らないので、まず現在かかっている病院の主治医への相談が

最優先です。

 

精神科の先生次第では対応が早くなります

精神疾患の場合、うつ病でも早期に完解(かんかい)するケースがあるので、申請中に必要がなくなってしまうケースがあるので、すぐに自立支援医療の申請をしない方がいい場合もあります。

こういうケースもあるので、医師側としても「申請されますか?」とは言えないのです。

 

ただし、診察の結果次第で「この人には早急に必要」と判断して、すぐに手続きの説明や書類の準備をしてくださる医師や病院もありますが、医師側としては、

本人からの申し出を第一にしていますので、積極的に医師からはもちかけないというわけなのです。

 

市区町村や病名や年齢などで格差が!

市区町村で申請をすると、納税金額の調査も入りますし、申請者が国民件保険者か社会保険組合員、そして病名や年齢などで、実際に受理をされて利用可能となった場合、

格差が出てしまう場合があります。

私の場合は、主人の健康保険組合の被保険者で毎週1回通院していますが、カウンセリングと診察と薬代で毎回1000円前後です。

しかし、国保であったり、年齢がかなりの高齢で病名次第では、自立支援を使うと支払額が0円になってしまうこともあるとお聞きしました。

実際の金額面については、主治医でも説明が難しく、事務の方にもお聞きしたのですが、個人個人でいろいろと差があるので、一律いくらということには

ならないですとのお話でした。

 

必ず申請が通るとは限らない

これは主治医からお聞きしましたが、主治医が必要だということで判断して、

診断書を書いても、利用判定をするのは、各都道府県の福祉課になります。

最近は、利用可能な病気について範囲が広がっているようですが、

病名ではいけるはずだけれども具体的な症状や程度などで通らない場合も

まれにあるとのことです。

制度利用可能の精神疾患については、範囲が広がりましたので、申請者も

増加してきています。

この影響で、継続申請は利用期限の3か月前から可能ではありますが、

少々遅れてきています。

 

主治医が意地悪していると思わないでね

積極的に先生が教えてくれない、本で初めて知ったなど、多くの不満を

抱えていらっしゃる方は多くいらっしゃることを、Twitterで初めて知りました。

しかし、あくまでも経済的援助という「福祉面」からの話なので、

医師から積極的に教えるということができないのです。

一部の先生は教えてはくれますが、本人から「自立支援を使いたい」という話が出て、判断を下すことなので、意地悪をしているわけでもありません。

申請しても、市区町村のとりまとめのところで「利用不可」ということになると、

その患者さんを傷つけてしまうので、慎重に対応をしているとお考えくださればと

思います。

 

この記事については、私の主治医も「決して意地悪をしているのではありません。

この制度の理念を理解して頂いて、利用するのならば、主治医に必ず申し出て申請可能かを聞いて欲しい」ということを書いて欲しいとおっしゃっていました。

 

確かにこの自立支援医療(精神通院)制度は、長引く精神疾患

治療には役にたつのですが、医師としては、決して意地悪を

しているのではないといううことをご理解いただければと思います。

 

まずは、困ったら必ず医師に相談してください。

こんにちは。ひろむです。

 

今日は、パソコンから書いていますが、むちゃくちゃ精神的に

ショックで、仕事はしていますが、涙がでたりイライラしたりして

しんどいです。

 

www.potechitanguruguru.com

 

その後、鉄道警察から連絡があり、一部始終を目撃していた人が一人

鉄道警察に来てくれたそうで、走って逃げた老人夫婦の特徴などを

話していってくれたとの連絡がありました。

しかし、まだ捕まってはいません。

 

そういうことはどうでもよくなってしまいました。

 

中学受験で無事に娘が目指して合格した学校のコースのことで、

実は先日のカバンなどの引き取りのときに、たぶん医学コースに通っている親子に

教科書の中身をチラ見されて、嫌みを言われました。

 

それと、Twitterで仕事関係の人の方で、帰国子女でご自身のお子さんを

東京ではかなりの有名な塾に入塾させたと書いて自慢している方を見て、

「なんと恥ずかしい」と感じました。

 

そんなもやもやしているときに、あの東大理Ⅲに男の子3人を入学させた

お母さんが今度は末の女の子を東大理Ⅲに合格させたというネットニュースを

見ました。

ネットニュースなので、コメントを入れることができるところでしたが、

賞賛ばかり。

 

そんなに東大がいいのか、そんなに理Ⅲ(医学部にあたります)がいいのか?

子供に何をさせたいのか?

訳がわからなくなりました。

 

私が娘を中学受験させたのは、有名大学に入れたいという願望ではなく、

地元の公立の荒れようがひどかったので、仕方なく選択したまでで、

どこの大学というよりも、どういう職業につきたいかということを

優先に考え、入塾した塾でもそのように指導されました。

 

私は、中学は公立校でしたが、高校以降は私学です。

しかも、寺の中に仏教系の学校でしたから、宗教の時間が道徳の授業

でした。しかし、東大や京大を目指すクラスの子たちは、宗教の

時間はなしでした。

 

主人は研究員で、ある日大学時代の同級生の女子の話を聞いて、

びっくりしました。私と高校は一緒でも東大コースにいた子らしく、

恋愛や人付き合いがめちゃくちゃで、主人の友達がその女の子に

トーキングされてかくまった話を聞きました。

 

東大などを目指す子は何人かみたことがあります。

話をしたことも高校時代ありました。

でも、まともに話せるこはごく一部で、ほとんどがどこかねじがぶっ飛んでいるので、

話がまともにできないのです。

 

わが娘は中学受験準備と同時にいじめにあいました。

その前に学校見学で自分の母校ではなく、母の母校になりますが、

浄土真宗のお寺が運営している学校で中高一貫校を選び、しかも

これから必要とされる「英語力」と「美しい日本語」、「ディベート力」を

鍛える為の英語特化コースに専願枠で受験して、併願で午後受験に別のコースで

受験しました。

 

大学なんざ、これからの教育指導要領や大学入試改革を見ていると、

日本の大学にいるよりも、海外の大学に行く方がマシだと判断したからです。

そして、週に1回に宗教の時間と学年集会でのお経の時間があります。

 

宗教の時間と聞くと嫌悪感を持つ方は多いでしょう?

実は、宗教の時間は道徳の時間を兼ねているので、お経のひとつひとつの

感じの意味や、宗教家の話を聞いて「なぜ人間は生きていかなければいけないのか?」

「なぜ人間は死ぬのか?」「なぜ人をいじめてはいけないのか?」などの

人間としてあるべき姿を教えてくれます。

 

お経をお唱えすることができるというのは、一種の教養です。

家族でカトリックですが、お葬式の時には、そのお家の宗教を

重んじますし、もとおとお経を詠みあげることは、私には

音楽と一緒で落ち着くことなので、娘も同じ考えでどこに出しても

恥ずかしくない娘としてうれしく思っています。

でも、義姉が亡くなったときに、カトリックということで兄から暴言を言われ、

義姉の親族からも馬鹿にされました。しかし、初七日法要の際に、私と娘のみ

般若心経を詠みあげました。節回しは高校時代のままでしたが、お寺さんから

褒めて頂いてありがたかったのです。

 

現実をみると、テレビでは、高学歴タレントや現役東大生を招いてのトーク番組、

有名塾に通っている子のドキュメント、もううんざり。

 

娘が組立体操でむちうちになって、見学の身になり、当日近くで観覧していた

老人の言葉。「組立体操がないと、面白くないよなぁ」

子供はサーカス団員じゃありません。

 

私は、一応短大を卒業して、有名な会社に新卒採用されましたが、

パワハラに合い、いろんな会社を転々としました。

最終的に7年いて結婚退職したところはよかったのですが、

結局、自分の学歴なんて世間では通用はしないし、恥ずかしい限り。

 

でも、娘には学歴で勝負ではなくて、自分の得た知識と経験で素晴らしい女性かつ

人間に成長してほしいと願うばかりです。

 

今日は何をかいているのかまとまりがつきませんが、これにて失礼します。

こんにちは、ぺんぺんです。

今日はiPadから更新しています。

 

昨日、捻挫をしたことを記事にしました。

今も痛みはありますが、様子見です。

 

今朝はPTAの事で、賛同のコメントちょうだい嵐で、

PTAに関するつぶやきと、大勢の方をブロックしました。

 

今日は、捻挫で足は痛むけど、娘の中学の学用品引き取りに

保護者同伴でないといけなかったし、主人は会社だったので、

無理に行くことにしました。

 

この、今日の出来事を読んで、日本人が何かおかしくなっているかもと

考えて頂きたいです。

 

 

まず電車に乗って

今日の荷物引き取りは、カバンと体操服と教科書数冊のみでした。

ネームが入るので、親が必ず同伴でということと、

PTA活動不可の返答用紙提出でした。

いつも集合時間は早いのですが、今日は遅い時間でした。

足はまだ痛むし、少し早めの電車を調べて、

乗車したのですが、満員で座れず仕方なく痛みをこらえて、

娘と電車に乗っていました。

 

目の前の座席が空いてされた事

ちょうど、私の目の前の座席が空いたので、「あ、やっと座れる」と

思ったら、突然突き飛ばされて床に転びました。

すると60後半ぐらいの男性が仁王立ちで立っていて、

「老人が先や!お前は座るな!」と言ってきます。

私は「昨日捻挫していて、足が痛むから座らせて欲しいんです」

というと、「黙れ!嘘つき!と言って、遠くにいる奥さんらしき人を

座らせました。その方は、どうみても健常者で、奥さんらしき人も

私を睨みながら座り、蹴飛ばされました。

周囲の人は、その様子を見て、すぐ寝たフリをし始めました。

娘の助けで、何とか立ち上がって、車両の隅に移動して、

泣いてしまいました。

 

到着後の対応

終点まで痛みを我慢していました。

そこから娘の学校へ歩いて5分ですが、降りてもその老人夫婦は私達を

睨んできました。

もうこれは、駅員に言った方がいいと判断し、近くにいた駅員を捕まえて

話かけると老夫婦は逃げて行きましたが、

電車でに一部始終を話して、鉄道警察で事情聴取をしてもらい、

犯人不明で被害届けを出して、受理してもらいました。

娘の学校の方は簡単に終わり、荷物も宅配で送りました。

 

老いも若きもモラルの低下がひどい

過去にクラシックバレエで左足にヒビが入り、松葉杖を

つきながら、会社通勤した事がありますが、その時も

時間差通勤をしても、意地悪をされて座る事が出来なかったり、

痴漢にもあいました。

妊娠中、特に8ヶ月以上で、どうしても電車に乗らなければいけない

時に、一斉に寝たふりをされて、座る事が出来ず、大きなお腹でフラフラ

して怖かった事はあります。

今回については、座ろうとして突然突き飛ばされて暴言。

幸い他にけがはなく、娘にも怪我はありませんでしたが、

「老人が先!」て、それはどうなのでしょう?

怪我をしている人間の方が最優先のはずで、終点で走って逃げたのですから、

先に座る権利はないはずです。

 

それともう一つ。

陸橋を手すりにつかまって降りていると、車椅子ボランティアの人が

「邪魔!どいて!」と言ってきた事も驚きでした。

ゆっくり手すりにつかまって降りているのですから、

足が痛むから仕方なくしているのに、ボランティアの人からも

そういう言葉を聞いて悲しくなりました。

 

まとめ

新婚時代にも、こっちは一旦停止をしているのに、バイクのおばちゃんが

突っ込んできて、暴言を吐かれて、逃げられた事があり、被害届を出しました。

まともな人なら、救急車の手配とかするのでは?

今回も、みんな寝たフリ。

やりとりなど全て目撃している人は逃げました。

娘が支えてくれて何とか耐えましたが、逃げた老人は、

走れたのですから、健常者です。

今や老人の年齢の定義自体も変わっているし、元気な人は

多いです。「老人だから」という言葉はもうこの先は

通用しないし、ひどい事が行われているのに、見て見ぬふりは、

いじめの傍観者と一緒です。

大人も、自分の行動や言動をよく考えて欲しいです。

 

f:id:potechitan:20170311113305j:plain

 写真提供:「写真AC

どうも、ぺんぺんです。

 

まだまだ寒い日が続きますよね。私は仕事の時は、

専用のパソコンがあるパソコンデスクで仕事をするのが普通なのが、

パソコンデスクの位置が悪くて、こたつに逃げてサブパソコンで

仕事をしていました。

 

すると、捻挫で意外な宣告をうけました。

 

これは、こたつで仕事をしている人や、椅子に座らずに平机で

パソコンをしている人は、注意してください。

 

 

気を付けた方がいいですよ。これは仕事とは関係なしで

 

 

 

 

私の冬の作業場

私の本来の作業するところは、きちんと部屋の片隅にあります。

でも、部屋の死角で、クーラーなどの冷暖房の風が

こないのです。

それで、真夏と冬だけはクーラーの風がくる平机兼こたつしか

なく、セカンドパソコンで作業をして、データ共有ソフトで

データのやり取りなどをしていました。

 

自然に正座での長時間労働

夕方、家にあるお仏壇に正座してお経を詠みあげるのは、

私の仕事ですが、正座は昔からなれていることでした。

しかし、こたつや平机で仕事を長時間していると、

なぜか正座をして仕事をしていましたが、

少々しびれても大丈夫のつもりでした。

それが甘かったのです。

 

正座でしびれているのに転倒

昨日(2017年3月10日)の夕方に、仕事をしていて、

いざ立とうとしたときに、足が若干しびれていました。

でも、いつものことだしと思っていて立つと、

ぐらっとしてしてしまい、足を「グネッ」とくじかせて

しまい、転倒しました。

すると、当然のごとく痛みがきて、「あ、捻挫だわ」と

見事に捻挫をしてしまいました。すぐに冷シップをして、

家事などを娘や主人に頼みました。

 

整形外科での意外な結果

翌日になる今日(3月11日)、朝起きて、足を見ると、

腫れあがっていることは腫れあがっているのですが、

痛みはだいぶ治まっているのに、腫れがひどいなぁと

感じたことです。

以前から、足の甲から足首にかけて左足だけ妙に膨らんでいるのを

気にしていました。

クラシックバレエトゥシューズの練習で、ヒビが入ったことも

あるので、念のために整形外科を受診しました。

レントゲン撮影などをしてもらった結果、「軽度の捻挫」で

済んだのですが、意外なことを言われました。

それは、「今後は絶対正座しちゃだめ!」という話です。

 

長時間の正座で治らない症状と付き合う羽目に

「今後は絶対正座しちゃだめ」と言われたのにはわけがあります。

法事とか毎日のお勤めぐらいなら、短時間の正座でいいのです。

しかし、かなりの長時間の正座となると、お坊さんでもしないし、

実は体の圧力で、皮膚と骨の間に水がクッションとして形成されて、

腫れがったような状態になっているというのです。

この水は、抜いても抜いても一度やってしまうと湧いてきて

完治不可ということで、今後一切正座はしないということ、

法事など正座をしなければならない時は椅子に座ることと、

注意が出ました。

これは、死ぬまで守らないといけないということで、

「あーやっちまったー」と後悔しています。

  

 

ほんとうに仕事をするときは、気をつけましょうね

 やっちまったもんは仕方ない

もう完治不可だし、あきらめてこの生活を受け入れることにしました。

仕事は、もう子供も家にいる時間が短くなるので、

平机やこたつでする必要もなくなります。

だから、もとの仕事場に近々戻りますが、

「正座をする」という行為は、実はかなり足首近辺に

負担をかけていて、長時間長期間はやめておくということを

覚えておきましょうね。

(というか、これをしていのは私だけではないようですが)

f:id:potechitan:20170309163801j:plain

写真提供:「写真AC

こんにちは。ぺんぺんです。

 

以前、私が「気分障害」「ホルモン異常」の病気を抱えている記事を更新しました。

 

www.potechitanguruguru.com

 

実は、「気分障害」とはっきり分かった3番目の病院で、プラスされた

ことがあります。「若干の対人恐怖症もありますよ」と言われています。

自分としては、全く意識はなかったのですが、臨床心理士の聞き取り検査で

わかったとのことでした。

言われると、産後うつを発症してから「人と会うことが怖い」と

感じることはありました。

今もその感覚はなかなか抜けません。

 

この記事については、「こういう人間もいる」と覚えてて欲しくて、

書きました。

「コミュ障」ということでの理解は、やめて頂きたいと思います。

 

 

対人恐怖症の定義

誰でも、人と会うときに、場合によっては緊張して汗をかいたり

どもったり、うまく会話ができないということはあるでしょう。

「対人恐怖症」となると誰も自分に対して注目していないのに、

「人と会うのが、会うのが怖い」「誰も私を注目していないけれど怖い」と

いう意識が生まれて、どもったり、異常発汗、気分が悪くなったりするなどの

身体的症状が出てきます。

医学書の定義、専門医の意見では、

他人と同席する場面で、不当に強い不安と精神的緊張が生じ、そのため他人に軽蔑されるのではないか、他人に不快な感じを与えるのではないか、いやがられるのではないかと案じ、対人関係からできるだけ身を引こうとする神経症の一種 (新版精神医学事典より)

 掲載元:せせらぎクリニック「対人恐怖症」より

 

主治医から「対人恐怖症」について聞かされたときは、「どうしてかな?」と

思いました。

 

私の場合は?

私が気分障害を発症したのは、産後のトラブルからマタニティーブルーが産後うつ

発展して、さらに環境が変化したことで、うつ病と診断されました。

その時、旦那の実家のいろいろと口出しをしてくる話に、産後うつ

そっとしておいて欲しいのに、意見を求められ、精神的な安定を

完全に取り戻せなかったことがまず一つの原因です。

今の病院のカウンセリングで、もっと深く分かったのは、

「自分の言った意見は正しいはずなのに全部否定されて味方がいない」という

一人で戦わなければいけなかったという苦しさであることも見えています。

そして、引っ越しをして、環境が変わればいいのではと思っていたのに、

結果として悲しいことになったことです。

引っ越ししたときは、ご近所の方々で娘と同じ年頃のお子さんを持つご家庭が多く、

昼間にお友達になれたのに、3月末になったとたん、「私働きに行くから」と

ほとんどの方が働きに行くことを、黙っていて急に働きにでかけられて、

結局一人ぼっちになってしまい、気分障害が落ち着いていたのを

ぶり返らせることになり、マンションでしたから、完全孤独になりました。

子供センターとかにも行きましたが、なじむこともできず、

その結果、私の実家近くに引っ越すことになり、今の病院で「対人恐怖症」

もあると告げられました。

 

実際に告げられてから

「対人恐怖症」のもっと深い部分は「自分の立場が低く評価される恐怖」から

くるそうなのですが、産後うつ中に、かなり主人の実家から低い立場で

かなりいじめられたこともありますから、人と接するということは

恐怖なのかもしれません。

気分障害でホルモン異常でありながらも、「働きたい」というのはあったので、

パートにでかけましたが、すごく「対人恐怖症」がひどかった時は、

お金の受け渡しなど全くだめで、すぐに辞めなければいけませんでした。

しかも、私の気分障害は、難治性が高いと言われていたので、ますます

家にこもるようになってしまいました。

でも、子供がいるのですから、保育園の送り迎えは、克服の為に、

必ず出かけました。

そして、小学校に上がってからは、「怖い」という気持ちを抑えて

懇談会や発表会にも行きました。

クラウドソーシングの仕事を選んでから、最初は失敗ばかりで、

うまく伝えられなくて、文章での嫌がらせを同業者から受けました。

それで対人恐怖症を悪化させたこともあります。

小5から問題になったいじめ問題は、実家の父や主人に入ってもらいました。

相手は、私が気分障害精神疾患を持っているのを知っていて、

差別用語を平気で言ってきたからです。(本当なら法務局に申し立てを

してもいいのですが)

中学受験の当日は、もう泣きたくなりそうで不安で不安で控室で

iPhoneの音楽を聴いて、本を読んで「周りの人が怖い!怖い!」というのを

抑えました。

 

心許せた人は娘

対人恐怖症ですが、私が心を開けたのは娘と母です。私が心を開かなければ、

娘は誰にもいじめを訴えることはできなかったでしょう。

私も、娘の頑張りでなんとか今の人生を持ちこたえさせているようなものです。

気分障害の薬の中に、抗うつ剤は入っていて、恐怖心をや和らげる薬は

含まれていまうし、カウンセリングで気分障害と合わせた療法も

行われています。

でも、一番の最高に今効いているのは、「中学受験をなんとか乗り切った」と

いう必死のパッチで病気持ちの母が協力したという誇りです。

 

まとめ

最近は、Twitterでいろんなライターさんやブロガーさんと交流を

持つようになって楽しんではいますが、実は、本音をいうと、

「自分の発言がその人を傷つけているのではと思うから怖い」と

いうのが本当の部分で、話が食い違ってしまうところもあり、

ご迷惑をおかけしています。

SNSは楽しいけれど、本当のところは怖いし、信頼のできる友人でも

今は会うのが怖くてたまらなくて、実際に会うと早口になって、

「早く帰りたい」とさえ思ってしまいます。

私の発言がたくさんの人を傷つけてしまっているのなら、

どうかこの場を借りて、お詫びします。

こういう不器用な私ですが、どうかこのままお付き合いしてもらえれば

と思いますし、対人恐怖症の方について、「人と会うのが怖い」

「自分のしていることが人を傷つけているかも」と意識していることを、

理解して頂ければと思います。

↑このページのトップヘ