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ぺんぺんのペタペタ知識欲

中学受験と教育をメインに、WEBライターのお話などその時の話題を 提供しています。

はじめまして、ぺんぺんと申します。
主婦をしながらWEBライターをしています。
持病を持ちながらも娘とともに中学受験にチャレンジして
2017年1月に中高一貫校に合格しました。
現在、クラウドソーシング社2社
(クラウドワークスとランサーズ)にて
お仕事しています。
中学受験や教育のことがメインになりますが、
その他に興味を持ったことについても紹介します。

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どうも、ひろむです。

クラウドソーシングのお仕事について、1か月前ぐらいに体調不良と仕事の内容で

心がぽっきり折れてしまって、休業状態にしています。

 

そろそろ、リハビリがてらに、タスク(単発系)の仕事をたまにさせてもらっていますが、またまたぽっきり折れそうになってしまいそうになりました。

でも、自分の持つ資格が「非承認になるけれども、認識の間違いを納得させなくちゃ」と揺り動かしました。

 

自分の確認ミスではあるのですが、どうも自分の資格は役に立つはずなのに、

変な方向に使われることが多くて、いい巡り合いが少ないのです。

まずその一つの「着付け講師資格・和裁士」保持者の仕事の悩みを

書きます。

 

 

着付け講師や和裁士資格あるのになぜ物書きに?

着付け講師や和裁士の資格は20代~30代前半に資格を取りました。

会社勤めをしながら資格を取って、バイトで講師もしていたし、

結婚後は和裁士の仕事というかお手伝い的なことをしていました。

 

しかしながら、着付け講師や和裁士というのは、独立が難しくて、

自分が教えてもらった教室で下積みをしないと独立が難しくて、

しかも着物販売のノルマや様々なノルマが課せられたので、

しばらくは我慢して働いて、ある程度めどがついてからその教室を

辞めるか、和裁の場合は条件付きでの独立をさせてもらいました。

 

着物離れとは言われていますが、着物をおしゃれで着たいという若い子や行事で着物を着たいという方は多く、ニーズがあるので、呉服屋さんにお願いして、単発での着付け教室やホテルでの列席者の着付けのバイトなどをしてきました。

 

その後、結婚・出産後に気分障害で今も外に働きにいくことは難しく、

たまーに、呉服屋さんからの依頼で着付け教室の講師にはいきますが、

お給金はすずめの涙です。

 

体調もすぐれない日が多いので、クラウドソーシングの仕事で、着物関係やブライダルの記事執筆は多くさせて頂いています。

(その他の分野も書かせて頂いていますよ。もちろん)

 

しかし、着物関係のライティングにはちょっと癖があって、いつも悩まされます。

 

着物業界に無知なクライアントさんが案外多い

これは、私とご一緒させて頂いたクライアントさんでお一人だけすごく私よりも

知識量の多い方はいらっしゃいましたが、ほとんどのクライアントさんは、

最近の着物事情や知識に乏しい方が多いです。

 

「変な指示をしてくるなぁ」と気になって、クライアントさんの情報や今まで出してきた案件を除いてみると、着物関連を扱ったことがない方や私から質問をしても答えられない方が案外多くて、「どうしてこういう案件だしたのかなぁ?」と悩むばかりです。

 

着物買取の話が多すぎる

確かに昨今は遺品整理や不要な着物だからと、着物買取を探す方は多いです。

だから、タスクでも「●●屋の買取情報を書いてください」と案件は多いですね。

私が「やっちまったー」というのがありまして、結局は非承認にはなりました。

 

タスクで書いた内容は、実際に94歳で亡くなった祖母が持っていた高級な大島紬などを、地元のチェーン店ではない、古美術商の資格をお持ちで着物を買取してくださる個人店で買取をしてもらい合計65万円(3着)で査定をしてもらって買い取ってもらいました。

 

非承認前にメッセージで、

「指定のお店以外の執筆は非承認です。それと、こんな高額買取は聞いたことが

ありません。証拠のものを出してください。それと、着付け講師などの資格が

あるようですので、是非記事の執筆をお願いしたい」というざっくばらんな

内容ですが、こういう趣旨のメッセージをもらいました。

 

「あら、この人着物についてあまり詳しくなさそう。記事執筆は避けた方がいいけど、

65万円での買取根拠は教えておかないといかんね」というわけで、お返事をだしました。

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写真提供:「錦屋」

 

買取価格はお店や査定員の判断で大きく変わるのです!

写真のはリサイクル店で売られている大島紬ですが、買取価格はどうかなぁって

ところです。

大島紬結城紬は、高級着物の代表格ですが、100万円で買ったものでも、

業者によって、査定金額が大きく違って、「証書(本物ですよ~という証)が

ないから1万円という査定や、買った当時の価格で査定してくれたりと、

大きく差が出ます。

それと、古美術商の資格があれば、骨とう品以外に着物の買取をしてくれて、

直接査定してくれるところもあります。

うちの祖母の例はこれに当てはまります。

 

大金持ちの家から嫁いできた祖母ですので、現代の価格では1000万円以上は

する紬ではあるけれど、保管状態が悪いけれども、証書ありで2着高級紬なので、良心的な査定で、それぞれ30万で買い取ってくれたというわけです。

あとの5万円も黒留袖で、生地が良質であるという点で金糸のはがれはあるけれども、

この金額で買取してもらいました。

 

昔の着物の保管は、難しいのですが元がよければ、目の肥えた査定員やお店の方は

二束三文での査定はしませんし、それをするが為に、売り渋りが出てきているので、

なるべく購入時の価格で買取しようという動きはあります。

 

もちろん、破れや穴あきは買い取ってくれません。

 

希少価値の着物を知らない方が多い

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写真提供:「着物通販ガイド」

 

この反物は「黄八丈」という東京の孤島である八丈島で作られている

紬です。

 

よく時代劇の町娘さんが着ている色目のものなのですが、

大変高級品で大島紬結城紬よりも最高級で、普通の呉服屋さんでは

見ることはまずありません。

理由は、織手さんの後継者不足と糸や染料の確保が難しいからです。

 

私は、着付けの学校の生徒時代に1度見かけたのですが、桐箱に入っていて、

織った方の名前が箱に入っていました。

値段はウン千万円の世界で、実は、私、5年ローンで買いました。

 

このことについて記事を書こうとしたら、クライアントさんから

「え?これって江戸時代の町娘じゃん」と言われて、却下されました。

その後、気まずくなって、規定数の記事を納品した後、継続契約の

話はありましたが、さすがに継続してお仕事できる方ではないなぁと

思い、お断りしました。

 

ちなみに、自分の黄八丈がどのぐらいの査定で買い取るかを検証したことが

ありますが、「本場黄八丈」という証紙と桐箱を見抜けなかった業者は、

千円と査定し、もうひとつの業者は、「売らない方がいいですよ。」と止めました。

止めるということは、私が持っていた黄八丈がむちゃくちゃ高額品で、

手元に持っとく方がいいと判断したからです。

 

クライアントさんからのむちゃぶりには理論的に!

自分がその道のプロで、クライアントさんからむちゃぶりをされても、

相手の実績ややりとりを冷静に読み解いていけば、突破口はあります。

 

わからないクライアントさんには、「こういう点があるからこういう結果に

なるんですよ。だから、こう書かせてもらいました。」と順番に

冷静な理論を組み立てて、理不尽な対応に対抗はできます。

 

たまに、タスク案件で、今回のようにクライアントさんから質問や

納得のいかない点について返答するときは、冷静に説明すれば、

非承認になったとしても、意外な展開で、「特別に承認します」と

いうこともありますが、ほとんどないと思った方がいいです。

 

たまに、「指定したお店とは違うけれど、いいですよ」というのは、

どういう分野でもありがちなのですが、着物関係に関しては、

その道のプロから言わせると、「ケンカ売ってるんかい!」と

なるのですが、相手はそれを求めていないのですから、

非承認は認めないといけないのですが、でも、いろんなルートがあって、

こういうルールもありますという理論と実情はクライアントさんにお伝えしないと、

その筋のプロとしては、いやな気持ちになってしまいます。

 

結局はどうなった?

このタスク案件に対するクライアントさんには、聞いてこられたことについて、

全部細かく説明はさせてもらいました。

 

非承認に関しても、別にしてくれて構わない、こちらのミスだからと

非承認にすることは、了解しました。

着物ライターの話も、たぶんこの方とは合わないということで、

お断りしました。

 

1時間後ぐらいに、私の説明をもとに調べたのか、メッセージが着て、

「自分の無知さを反省しました。非承認にはいたしますが、大変知識に精通されている方ですので、是非体調が回復した際は、お声かけしてください」という内容でした。

 

昔の私なら、多分「なんでですか!ひどいです!」と怒っているところですが、

今は冷静に対処できるようになった方だと思います。

タスクの非承認は、ちょっと痛いのですが、すぐに取り戻せるので、

頑張って戻していきます。

 

 

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どうも、ひろむです。

上の画像は、現在の私(4◎才)の字です。

”ぺんぺん”てのは、気にしないようにね♡

 

これで、幼稚園年長から書道教室に無理やりいれられて、中1まで通いました。

最後は、毛筆・硬筆ともに5段まで取りましたが、今は、写真の通り、

普段使う字は、「ほんまに5段までいった人か?」という字です。

 

しかし、祝儀袋や不祝儀袋の表書きは、全部私に回ってきます。

そういうときは5段の字で書いています。

 

ちょうど、今小学校入学したてだけれども、ひらがなが上手にかけないお子さんで

困っているお母さんも多いでしょう?

私も書道教室に入っていながら、先生を困らせた人間です。

でも、怒られることは一切ありませんでした。

 

道教室や公文の書道コースだと金もかかるし、お家でお母さんができる

方法を少しだけ披露しましょう。

 

 

持ち方を間違えていても無理に矯正しない

 

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写真は、私の実際のペンや毛筆を持つときの持ち方です。

見てわかる通り、正しい鉛筆の持ち方ではありません。

道教室や幼稚園・小学校で矯正されましたし、正しい持ち方ができないことで、

いじめられたりもしました。

 

でも、矯正させられた持ち方字を書くと、読めない字を書くようになり、

道教室や当時の担任の先生が「この子は矯正しない方がいい」と判断してくれて、

この持ち方を許してくれました。

 

鉛筆をグーで持つのはいけないのですが、正しい持ち方に近い持ち方で、

読める字をかければ、私はOKだと思います。

最近は矯正器具もあるようですが、それも苦痛そうであれば、お母さんのちょっとした一工夫も必要かもしれませんね。

 

市販ドリルもいいけど、お母さんの字もいいドリル

今、入学したてのシーズンということで、本屋さんに大量に書き取りドリルが

置かれていますが、それもまぁ、ひとつの手段です。

もうひとつ、お母さんの字によるお手製ドリルもひとつのいいドリルです。

 

我が家は、保育園の年長でかなりしこまれたのですが、小学校で注意を結構受けた

から、私が升目ありの漢字ノートを買ってきて、娘の苦手な字を赤ボールペンで

見本を書いて、何文字かかかせて、修正していきました。

 

この方法は、中学受験でも使わせていただきました。

なぜなら漢字の書き取りや読みやすさもチェックの対象と、入試説明会で

言われたから、私の空き時間などで、チェックと修正はしました。

 

やりっぱなしにさせるのではなくて、お母さんも一緒にその文字を書くと、

お子さんも楽しくお勉強できますよ。

 

鉛筆は絶対2Bで!

HBでもいいんじゃないのというお母さんもいらっしゃるようですが、

書道でも2Bからスタートします。

というのも、入学したての子供は、筆圧が弱いので2Bが最適です。

筆圧が強くなる高学年からHBに変更してもいいのですが、

シャーペンは中学生になってからの方がいいですね。

 

高学年になってからの効果

 

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これは、娘が読売新聞の「編集手帳」を小6の最初のころに書いた字です。

朝日新聞なら「天声人語」になりますが、それぞれの新聞社から、

これらのコラムを書き写して感想を書くノートが販売店で言えば売ってくれます。

 

道教室にはいかせませんでしたが、丁寧でなおかつ読みやすい字ということで、

私がチェックしました。

ここには映っていませんが、間違えた文字や漢字などは、赤ペンを全て入れています。

 

多分段位認定を受けても、級どまりかもしれませんが、小学校卒業時や

中学入学時に「読みやすい字」という言葉を頂いています。

私が師範を持っていれば、もう少し教えられるのですが、毛筆は中学校では、

必須科目なので、もっと腕は上がると思います。

 

まとめ

お家でお母さんがお子さんに字を教えるというのは、すごく難しいと思います。

しかも、最近は小3からは、英語が評価対象となっているので、幼稚園から英語を習わせる影響からか、母国語の日本語の基礎である「ひらがな」が書けない子が増えているとも言われて今う。

英語も大切なのですが、母国語が第一優先言語なので、教えるお母さんも大変かも

しれませんが、絶対に叱らず、きれいにかけたり、ちょっとした間違えが直ったら、

しっかり褒めてあげてくださいね。

それが、ひらがなを書くことが好きになる第一歩ですね。

どうも、ぺんぺんです。

 

久しぶりの更新になり、大変申し訳ないです。すんません。(ペコリ)

実は、体調を崩してしまい、物書きの仕事はぼちぼちとしているのですが、

ブログになかなか手を付けることができなくて、放置プレイ状態にしていました。

 

でも、ちょっと手をいれないとまずいなぁということで、

体調のいい時を見計らって、カスタマイズする点を調べていたら、

グローバルメニューを設置していないということに気づきまして、

以前からきになっていたので、改造することにしました。

 

 

改造を意識した理由

実は、PV数やどこから検索しているかということを調べていたら、

意外とスマホからのアクセス数が70%であることがわかり、

パソコンから見ている人が意外と少ないということでした。

ということで、スマホからも見る人への配慮が必要とわかり、

グローバルメニューを設置することにしました。

 

デザインのカスタマイズ

この画面がガラッと変わっていることにお気づきでしょうか?

テーマの選択を実は変えまして、しかもグローバルメニューを実装することが

できて、CSSに頼らないHTMLでグローバルメニューを張り付けられるという

おまけがついている「Brookly」に変更することにしました。

shiromatakumi.hatenablog.com

 

変更後、各記事のカテゴリーを見直して、各記事についているカテゴリーを

変更しました。

実に時間がかかりました。

 

本当ならHTMLの記述とCSSの追加が必要なのですが、このデザインテーマはHTMLにCSSの要素が入っているので大変便利です。

あとは、作られた方のサイトで、HTMLの記述をコピーして自分用に

カスタマイズするのみです。

 

グローバルメニューの項目は上位に検索されているもので

このデザインテーマは最大5個までしか入れることができません。

なので、一度どの記事のPV数が高いかを分析して、今現在あるカテゴリーから5つもってくるということになります。

さらに、その5つのカテゴリーに関連するカテゴリーを孫カテゴリーとして持ってきて、5つのカテゴリーの中に入れていくという面倒な作業になります。

 

 

カスタマイズ後は、必ず「変更を保管」にして、動作確認をします。

これで、作業は完了です。最近、このデザインを考えられた方が、最新作を出されているようなので、しばらく様子を見てみて、また変更をしていこうと思います。

 

ではでは、本日はこれにて!

どうも、ぺんぺんです。

 

3月も終わりに入り、今娘は新生活の為に、合格した中学校からの宿題やコース別に出されている勉強をしています。昨日からは、塾の春期講習に行って、数学だけ教えてもらっています。

 

中学受験を終わって、いろいろと変わったことはあります。

下剋上受験」のあとがきでも著者の桜井氏も書かれていますが、

考えさせられるありました。

それが、いい方向であればいいのですが、悪い方向へ行くこともあります。

私は多分(自信はありませんが)いい方向に向かったと思います。

 

 

 

中学受験は親の受験!

中学受験を決めた時、私は難治性の気分障害で、ちょっとしたことで躁鬱の波が激しく動くから、主治医から「やめとけ!」と止められました。しかし、自分の娘の為に頑張ろうと決めたから、それを主治医に告げると「お母ちゃんがしっかりせんとあかんで。負けるな!」と言われたのが、その時はわかりませんでした。

 

入塾したのは小4でしたから、少し出遅れたというのはあります。

最初はボロボロの成績でしたが、とにかく怒らずに精神面のフォローに徹しました。

せっかく成績がぐんぐんと上がったと思ったら、小5と小6で学校問題が出てきて、

学校での辛さと塾での辛さが重なって、けんかになったことはたくさんあります。
塾の先生と、しょっちゅう面談をして、どうすればいいかというのを話し合いをして、

個別指導に回ってからも、各先生とのコミュニケーションを欠かさないようにしました。

 

いじめ発覚後は、学校と受験との闘いでしたから、私としては精神的にボロボロになりそうでした。でも、娘が志望校不合格になると、いじめてきた子供と同じ中学に行くか、転居して別の中学にいくしかありませんでした。それもいやだったけど、娘に余計なプレッシャーは与えたくなかったので、辛そうな時はそっと寄り添って、夜遅くなる日はお弁当を作ってあげて持たせたりしました。

 

当日も、いろんなお母さん方がいて、田舎者の私と娘は、何度も説明会やプレテストに来ていましたが、私がふらふらしていてはいけないと、気をしっかりもって、当日は控室で、医学コースを受けるというお母さんグループ(多分塾で知り合ったんでしょ)との会話を聞かないように、音楽をガンガンかけて聞かないようにしていました。

 

まさに中学受験は、親の精神面の戦いであり、親の受験だったと思います。

 

合格後に変わった娘

いじめを受けて、精神的に立ち直る暇もなく、受験に突入したせいか、「絶対、落ちられない」という気持ちもあって、受験1か月前は12時までに寝かせていましたが、それまでは、最高午前2時まで勉強をしていました。

中学受験否定派の方だと、「子供をそんなに勉強させて、かわいそう!」「虐待」とか言われました。でも、中学受験の問題を見れば、黙ってしまいます。

特に小6の夏以降は、中学受験にしか出てこない特殊算や立体図形の展開など、

中学以降の数学なら一発で解ける問題を小学生が小学生の知識と推理力で解くのですから、それなりに問題はひねくられます。

 

だから、それだけの勉強力はどうしても必要で、小学生の頭に中学生の知識を無理やり入れるのだし、多少の無理は必要になります。

私も心配になりましたが、「ここでさぼったらあかん!」と娘は必死になったのが、小6のいじめ発覚後で、不登校にしてからでした。

くやしい気持ちが大変強かったのだと思います。

だから、私は止めはしませんでした。

 

無事に志望コースに合格して、大喜びをしたのですが、

学校側から嫌がらせを受けて、合格後も不登校になりました。

自分の卒業文集の書き直しと検閲で、小学校に対して不信感は大変持ちました。

娘の元の原稿はまだ私の手元で保管しています。

その後、卒業文集をもらって、みんなの作文を読んでいると、

いじめた子供たちの内容に大変怒りを感じたのか、将来なりたい夢を

大転換するようになりました。

 

娘の将来の夢

それまでは、私の病気の為にと「臨床心理士」を目指そうとしていました。

しかし、校長の卒業文集の検閲と担任の字の指摘で、娘は大変怒りを

感じたと話しています。

こんなことがあっていいのかと、私も抗議しました。

いじめ対策の先生は「文集売買で将来お子さんが嫌な目にあわないように」と

説明はしてくれましたが、校長と担任の言い分は全く違うものでした。

あきらかに、自分のクラスで起きたいじめおよび学校でなんとか処理をしたという名目と思われます。

娘は「公平性」という言葉に敏感です。

 

なぜなら、テストは常に100点を取っていて(たまに95点もあり)授業も必死に手を挙げているのに、個人懇談会に行くと成績表は「できる」「頑張りましょう」という不当評価で、テストもこちらから抗議してようやく返却。

そして、いじめに加担した子はどんなに字が汚くても、文法がおかしくても手直しなしで掲載されていたことに、娘はかなり怒りを感じたのです。

 

こんなことがあってたまるか!

 

そこで、考えたのが、「弁護士」でしかも国際的なやりとりができる通称「国際弁護士」正式には渉外弁護士で、外資系企業で働くもしくは日本で働くと決めました。
娘が入るコースは、英語特化コースなので、1年間の留学が認められているし、デベートについて力を入れていて、理論的に相手を納得させる力も要求されるので、本人は決めたようです。

その為には、お金がいるので私達夫婦で何とかしてやりたいと思い、私も頑張るようになりました。

 

これからが本当のスタート

小学校では苦い思いばかりしましたが、娘は中学受験で大変強くなりました。

そして、私自身も途中本当に泣きながらも、乗り越えることができたことで、

「病気の私でも、中学受験を一緒に乗り越えられた」という自分自身を褒めてあげられるようになりました。いつも、自己否定ばかりだった私が自分を褒めることって少なかったと思います。

入学後、どういうクラスメイトや部活で6年間過ごすかはわかりません。

今成績はどうなのかも謎の状態ですが、これが本当のスタートで卒業して最終的にどういう夢を持って、その夢をかなえているかが、とても楽しみです。 

どうも、ぺんぺんです。

 

この頃、体調を崩しがちで思うように書けない日がありまして、すみません。

最近、実家の両親も調子を崩しがちで、70歳後半になるので、

ついつい気弱になるんですよね。

その相手をしていると疲れるのですが、これも兄は我々を見捨てたということも

あるし、娘の私しか頼れないということで、仕方ないんで話に付き合っています。

そこで思い出したのが「四苦八苦」です。

 

 

本来はこういう意味ですよ

「大変な仕事で四苦八苦苦労する。」「子育てで四苦八苦する」と

「四苦八苦」を使っている方は多いと思いますが、これは実は大間違いです。

「四苦八苦」というのは元々は仏教用語です。

人間には、基本として4つの苦しみ「生きること・死ぬこと・老いること・病気になること」があり、さらに4つの苦しみがあると言われています。

愛する人と別れる苦しみ「愛別離苦(あいべつりく)」、憎い人や嫌いな人と会わなければいけない苦しみ「怨憎会苦(おんぞうえく)」、欲しいもの求めているものが思うように得られない苦しみ「求不得苦(ぐふとくく)」、人間の精神と肉体(仏教用語では五蘊”ごうん”といいます)が思うようにならない苦しみ「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」のこれら4つの苦しみを併せて8つの苦しみを人間は一生涯背負って生きると言われています。

 

生きていくこと自体が苦しみなのです

よく「苦労してこそ花が咲く」という話がでますが、それはちょっと違うような気がします。

人間は、お腹の中でいるときは、お母さんの羊水のなかでぷかぷか浮かんで、へその緒でつながって10か月を過ごしますが、この世に出た瞬間に、自分で呼吸をしなければ死んでしまいます。これが、人間最初の苦しみです。

自分で呼吸しなければ死んでしまうから。

そして、どんどん年齢を重ねて、いろいろと楽しいことが続くと思ったら、予想外のことに出くわして苦しむことが出てきます。

人間というのは、生きてること自体が苦しみでもあります。

さらにいろんな苦しみがあるのですから、苦難に満ちた人生を人間は生まれながらに背負わされて、自然と苦労はするということにもなるのです。

 

苦しいことがあっても投げ出さない。それが人生

苦しいことはたくさんあります。悲しくなって死にたくもなります。

しかし、死んでしまうことことにも苦痛はあるのですから、人はそれぞれに課せられた人生を全うして大往生するのが、本来の生き方なのだと思います。

私は、難治性の気分障害で、何度も何度も天国に逝きたいと思いました。

でも、そんなことをしたら、一人娘を悲しませてしまう。

だから、苦しいことや悲しいこと、理不尽なことがあっても、

生きていこうと決めました。

これは、作家の五木寛之さんが親鸞聖人さんの研究をされて、たくさんの本を出されていたのを読んでいて、辿り着いた結論です。

 

苦しくみがあるから人に優しくなれる

最近「暴言」という形で心無い掲示板などで晒すことで

すっきりさせている人が多いと見受けられます。

よくよく読んでいると、それは自分の不満や苦しみを、他人さんの弱点を

見つけ出すことで、苦しみから逃げようとしているとしか見えませんし、

それがいい解決とは私は思いません。

私も、誰かを苦しめているかもしれないと、いつもいつも自分に問いかけています。

人というのは、実に残酷で誰かの犠牲の上に生きているともいえるのかもしれません。

しかし、その残酷なことをしてしまったことに早く気が付いて、

自分が「神様仏様」のようなやさしさで人と接していけばいいのです。

苦しみから憎しみを生むのではなく、人のお役に立てる力に変えてください。

 

もし、興味のある方は、この本でも紹介されているので、ご一読ください。

 

人生は価値ある一瞬(ひととき)

人生は価値ある一瞬(ひととき)

 

 

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写真提供:「写真AC

 

どうも、ぺんぺんです。

ようやく、気持ちも落ち着いたので、このことは書かなければということで、

書くことにしました。

無事に、娘は小学校を3月15日に卒業しました。

特別室で仲良しだった子と二人で、本当の卒業式前日の夜にして頂きました。

 

でも、本当はすごく悲しいし悔しいのです。

 

 

本当は、一人での証書授与だった

娘は、クラス内での大量人数によるいじめと、担任の不当評価で体調を崩して、不登校になりました。それが昨年の11月。

中学受験予定だったので、心のメンテをしながらも中学受験を乗り越えました。

落ち着くまでは過呼吸発作をよく起こしましたから、クラウドソーシングの仕事は

ほとんどなしにして、勉強につきあったり、学校との話し合いで、毎日が地獄でした。

無事に合格の声が聞けても、その後学校側にいろんな書類提出をお願いしにいかないと

行けなかったのが、ちょっとまずい方向に行きました。

 

「いじめによる不登校は、実は中学受験の為だったのでは?」と疑われて、

嫌がらせが復活したわけです。

特別室へ頑張って通うようになったのを機に、担任が嫌がらせをしにくると、

娘から話を聞いたので、仕事はあきらめて、学校へ行ける日は付き添うという日々で

精神的に参りそうになりました。

そして、子供を無理やり卒業式本番に参加させようという動きを知ったので、

校長に抗議しました。

まだ、いじめてきた子供たちから、なんら一言も謝罪はありません。

それは許せないし、担任や学校がいじめを隠蔽しようとしたからです。

そこで、いじめ対策専任の先生も、これらの動きに気が付いていなかったことや

自分を通さずに学校が動いたことに腹を立ててくれて、校長に申し立てを

してくださって、話し合いの結果、卒業式の前日の夜6時に

準備が整った体育館で授与式をしてくださることになりました。

 

幼馴染の子も一緒に卒業

これは、本当に奇跡で偶然なのですが、同じ日に同じ病院で隣のLDR室で産まれて、

産前のマタニティビクスで知り合ったお母さんのお子さんが、特殊事情で支援学級に

本来はいてるはずなのに、特別室でかくまわれていました。

その子も、卒業式に無理やり参加させられて、すごく暴れていたらしく、うちの娘のいうことは聞くようでしたので、娘が説得したようです。

 

それをいじめ対策の先生が見ていてくださって、「二人とも一緒に卒業式しようか?」と提案してくださって、話し合いの末、実現しました。

 

卒業式当日

本番の前日3月15日、主人がバースデー休暇を取ってくれて、一緒に出席してくれました。また、幼馴染のお母さんとお父様と同席しました。

幼馴染のお母さんは、実は数年前に旦那様をがんで亡くされていて、

それで亡くなるまで住んでいたマンションを売って、実家に引っ越ししてきていたのですが、お子さんにちょっと特別な事情があるとは全く知らなくて、久しぶりに会った時に、ショックを受けるほどの変わりようだったので、泣いてしまいました。

(ちょっとプライバシーの問題もあるので、詳細は伏せます)

久しぶりに会うお母さんも、すっかり疲れ切った顔をしていて、体育館で会ったとたん、涙が出てきて、二人で泣いて抱き合いました。

 

卒業式は、通常の卒業式とは違い、国歌斉唱もなく、卒業生入場と証書授与のみで

終わりました。

あっけない終わり方でした。

一応記念撮影はしましたが、なんだか悲しくて泣けてくるばかりでした。

 

いじめ対策の先生にもお礼をいいましたが、先生の方が大号泣していて、

「ごめんなさい。お子さんやお母さんを守り切ることができなくて、本当にごめんなさい」と謝っていました。この先生には罪はないのに。

担任の方は、「あー、すっきりした」みたいな顔をしていて、腹が立ちましたが、

社交辞令でお礼を言って帰りました。

 

結局一体6年間はなんだったのか

6年前の4月は、ニコニコ家族で笑顔で新しい制服をきて、無事に6年間何事もなく卒業できると信じていました。

しかし、実際はひどい仕打ちをうけ、しかも普通の子供たちと一緒に卒業することなく、寂しく去っていくことになりました。

子供には本当にすまないことをしたと、情けない気持ちです。

でも、娘は前向きでした。

「小学校は最悪だったけど、今度は中学校高校と一緒だし、新しいこともあるし、もう今日の卒業式のことは忘れよう」と言いました。

翌日、本当の卒業式を覗きに行こうとしたのですが、やっぱり案の定過呼吸発作を起こして、行けなくなりました。

結局、いじめてきた子は日の当たる道を歩いて卒業し、いじめられた子はひっそりと卒業するという、逆転現象が出ての卒業式でした。

 

でも、きっと私はこれはまた逆転すると思っています。

いじめられた子には、必ず明るい光があたると、信じています。

そして、幸い娘はいじめられたことを憎んでいるけど、反面教師にして、優しい心を大切にしながらも、公平性を大切にすること、自己主張をしっかりすることを自覚するようになり、しかも私立中学の英語特化コースに進学するので、英語を完全にマスターして、国際的に動ける弁護士を目指すという、別の夢を持つようになりました。

 

それは、親からすれば、叶えることは非常に難しくて、本人の努力でも叶えられないかもしれない職業かと思います。いじめられた経験を悪い方向に使うのではなくて、

「正義」「平等」「公平」というのは、非常に大切なことと思うので、娘が目指したことなのならば、応援してやりたいと思います。

 

小学校生活は悲しいものでしたが、これからの生活はきっと明るいものであることを祈ります。

 

どうも、ぺんぺんです。

 

久しぶりの更新で、大変失礼いたします。

子供の卒業問題と、仕事の調べものの都合でバタバタして更新をサボっていました。

 

ちょっと仕事の合間にネットサーフィンをしたり、SNSでちょこっと

意見を書いたりしていますが、SNSで一度きついことを言われて、

かなり落ち込んだことがあります。

 

「おい、おばはん!自己承認欲強くない?」

 

とある方にSNSで言われて、

ショックを受けたことがあります。2ちゃんねるでも、特定人物を叩くスレッドを見ると、「おばはんは、自己顕示欲とか自己承認よくって強いよね。就職とか大変だったからその反動かな?」と書かれていて、「はぁ~?」と理解できない部分がありました。

年代に関わらず、「自己顕示欲」「自己承認欲」って人は必ずちょっぴりあると思うし、成長の中で、強くなるか弱いかの違いだと私は思うんです。

 

この2つの欲が強い人って一体どういう人が多いのかなぁと考えてみました。

 

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写真提供:「写真AC

 

「自己顕示欲」「自己承認欲」が強い人の共通点

それぞれの欲は、嫌われる要素なのですが、誰しもが生まれ持っている欲だと

私は考えます。

 

誰だって、「自分の努力は認めてもらいたい」「自分の特技はすごいんだぜい」など

「どや!」っていう気持ちはあるはずです。だから、特技があればそれを活用すれば

いいのだし、努力して自分の地位を向上すればいいし、いい方向にもっていけば

いいだけの話なんです。

でも、人間というのは、自分勝手な部分もあるから、「もっと認めてほしい」「もっと褒めてほしい」「自分をもっと見てよ!」となりがちです。

それに早く気が付いて、押さえればいいのですが、中には暴走してしまう人もいます。

 

ネット文化でさらに目立つように

インターネットは基本は「言葉・文章のみの世界」ですよね?

ネットでの文章書きと、作文や論文の世界はちょっとおつきあいの仕方が違いませんか?SNSが代表だと思います。

私がツイッターFacebookを始めたときは、気楽で有名人とも直接やり取りができてお気楽ネット文化だったと思います。

それが、どんどん利用者層が広がると、けんかは始まるし、ちょっとしたことで炎上してしまいます。

そのきっかけって、本当にその人にとってなんにも自慢とかじゃなくて素朴な喜びを

言いたかっただけなのに、簡単に炎上させられて消火活動が大変です。

 

仕事でも見ていていやだなぁと

Twitterはいったん止めていたのですが、クラウドソーシングの仕事をきっかけに

再開させて、同業者などともやりとりをしたりしています。Twitterの情報が

役に立って、別の新しい世界の仕事に突入しているのも事実です。

時々、ちょっと書き込みを見ていて、苦しくなることはあります。

自分も多分そうだし、わきまえて書かない人もいるけれど、知らず知らずの

うちにどれぐらいの仕事をしているなどのつぶやきは見かけます。

これも「自己承認欲」「自己顕示欲」のゆるいバージョンかとみています。

冒頭にも書いた言葉を一度書かれたので、正直Twitterとか他のSNSでは、

書き込みに十分気を付けています。

いや、気を付けているつもりが、誰かを嫌な思いにさせているかもしれません。

 

この書き込みは許るさん!

2ちゃんねるで、ライターヲチスレッドなるものは、よくあります。

いろいろ見る機会はありますが、「40代のおばはん達って、自己顕示欲とか承認欲って

強くない?」「そうだよね、うざい」というのをよく見るのですが、私も40代後半の

人間です。

そのスレッドの中で、「1972か3年生まれの人って就職難だったんじゃない?だから必死なんじゃないの?」という分析をしている人はいました。

 

はい、確かにその通りです。

正確にいえば、1971年~1972年の短大や専門学校卒業の人は、

ぎりぎり就職難にはなりませんでしたが、それより下の学年もしくは71年から72年

で4年制大学に行った子は、学部によっては就職難でした。

(学部によってはというのは、医学部・薬学部・法学部はそれぞれ在籍年数が異なるのと専門職ですから、話が変わってきます)

それと、無事に就職したとしても、湾岸戦争が始まったので、景気が悪くなって、

人員整理というとんでもない人事はあったし、首切りも多くありました。

その中で、生き残れた子とやめなければいけない子とに大きく分かれました。

バブルはもうはじけていたので、バブルは多少関係はあるかもしれません。

 

私自身も新卒で入った会社は有名な会社でしたが、パワハラで退職しました。

その後、3社転職しています。いろいろと苦労はしましたが、その苦労が今の

私の仕事を支えているともいえます。

 

クラウドソーシングの仕事を初めたては、確かに畑違いだったので、「自分の今までの苦労を認めてほしい」と強調していた部分はありました。

しかし、その苦労話は人によっては「自己承認欲求が強い」とみられたのです。

結局、ぼろくそに叩かれることになって、筆を一回折っています。

 

年齢関係なく「欲」はある。その強さが違うだけ

よくこれらの欲望の強い人は「自己愛が強い」「努力家」「自己評価が高くないと不満を持つ」などでよくみると「自分を注目してくれない。正当評価してくれないと許せない」という点が強いのではないかと思うし、誰でも多少なりとも持っているはずなんです。それが、強いか弱いかの問題で、正当評価されなければ、怒って当然。

 

でも、クラウドソーシングの世界は、正しい答えがあるようなないような世界だから、

クライアントと自分の双方の意見や考え方が合わないとつらいですよね。

最近、自分と同じ年ぐらいの人がこの業界で暴れていると知り、いろいろ観察はさせて

もらっていたんですけど、執筆している文章はすごくきれいなのに、評価にムラがあるんです。たぶん、いざ着手したけれども気に入らなくてけんかになったのかなぁと思われます。打ち合わせで何かあったのかとは思いますが、「自分」を否定されてしまったのかなぁと。

 

「自分」ときちんと向き合っていれば、顕示欲とか承認欲っていうのは消えると私は思います。「自分を愛してあげる」ということは非常に大切で、「自分」を信じて愛してあげないと、自分自身がみじめになってしまいます。

だから、正当な評価を受けられなくても、それはそれで認めてあげる。

自分の特技が認められなくても、何か他のことで才能を広げてやる。

 

そうしてやることで、「自己顕示欲」「自己承認欲」ていうのは、薄れるし、

誰からも愛されるようになると思いますよ。

どうも、ぺんぺんです。

先日、自立支援医療(精神通院医療)制度についての記事がツイッターで流れていて、

記事についてコメントを付けたのですが、リツイートが多くあって、

その日とても困りました。

 

decoboco.jp

 

私は、「気分障害」での通院ということで、毎年更新をしていますが、

この方の執筆内容でも書かれていますが、「なぜかどこの医療機関でも

患者に積極的に知らされることがありません」という一文があります。

 

私は今で3件目で2件目の総合病院の精神神経科に通院をしていた時に、

ツレがうつになりまして」で、自立支援医療(精神通院)制度を知り、

主治医に申し出て、申請をしました。

 

ツレがうつになりまして。 (幻冬舎文庫)

ツレがうつになりまして。 (幻冬舎文庫)

 

 

私のツイートの引用リツイートで皆さん共通していたことは、

「なぜ、病院は教えてくれないの?」というのが共通でした。

 

今日、たまたま受診日でちょうど予約制でも空いていたし、パソコンを修理した

という貸しがあったので、詳しく私で説明できる範囲内で教えて頂きました。

 

 

制度を使うかは患者本人から主治医に申し出ること

自立支援医療制度自体は、「福祉制度」の一環であるということです。

精神科の治療は長期間に及ぶことや、薬代が高くつくという点から、

「先生、私の治療費、3割負担だとしんどいんです。いい方法ないですか?」と

申し出た時点で、主治医が「この人には自立支援医療制度を使った方がいい」と

判断して、初めて手続きが可能になります。

 

ただし、心療内科ではなく、「精神科」で受診していて、「精神保健指定医」の

認定を受けている医師が、所定の診断書を書くことができることになっています。

ですので、心療内科で受診していれば、当然利用はできません。

また、精神科でも、様々な病院が自立支援医療(精神通院)を利用できるとは

限らないので、まず現在かかっている病院の主治医への相談が

最優先です。

 

精神科の先生次第では対応が早くなります

精神疾患の場合、うつ病でも早期に完解(かんかい)するケースがあるので、申請中に必要がなくなってしまうケースがあるので、すぐに自立支援医療の申請をしない方がいい場合もあります。

こういうケースもあるので、医師側としても「申請されますか?」とは言えないのです。

 

ただし、診察の結果次第で「この人には早急に必要」と判断して、すぐに手続きの説明や書類の準備をしてくださる医師や病院もありますが、医師側としては、

本人からの申し出を第一にしていますので、積極的に医師からはもちかけないというわけなのです。

 

市区町村や病名や年齢などで格差が!

市区町村で申請をすると、納税金額の調査も入りますし、申請者が国民件保険者か社会保険組合員、そして病名や年齢などで、実際に受理をされて利用可能となった場合、

格差が出てしまう場合があります。

私の場合は、主人の健康保険組合の被保険者で毎週1回通院していますが、カウンセリングと診察と薬代で毎回1000円前後です。

しかし、国保であったり、年齢がかなりの高齢で病名次第では、自立支援を使うと支払額が0円になってしまうこともあるとお聞きしました。

実際の金額面については、主治医でも説明が難しく、事務の方にもお聞きしたのですが、個人個人でいろいろと差があるので、一律いくらということには

ならないですとのお話でした。

 

必ず申請が通るとは限らない

これは主治医からお聞きしましたが、主治医が必要だということで判断して、

診断書を書いても、利用判定をするのは、各都道府県の福祉課になります。

最近は、利用可能な病気について範囲が広がっているようですが、

病名ではいけるはずだけれども具体的な症状や程度などで通らない場合も

まれにあるとのことです。

制度利用可能の精神疾患については、範囲が広がりましたので、申請者も

増加してきています。

この影響で、継続申請は利用期限の3か月前から可能ではありますが、

少々遅れてきています。

 

主治医が意地悪していると思わないでね

積極的に先生が教えてくれない、本で初めて知ったなど、多くの不満を

抱えていらっしゃる方は多くいらっしゃることを、Twitterで初めて知りました。

しかし、あくまでも経済的援助という「福祉面」からの話なので、

医師から積極的に教えるということができないのです。

一部の先生は教えてはくれますが、本人から「自立支援を使いたい」という話が出て、判断を下すことなので、意地悪をしているわけでもありません。

申請しても、市区町村のとりまとめのところで「利用不可」ということになると、

その患者さんを傷つけてしまうので、慎重に対応をしているとお考えくださればと

思います。

 

この記事については、私の主治医も「決して意地悪をしているのではありません。

この制度の理念を理解して頂いて、利用するのならば、主治医に必ず申し出て申請可能かを聞いて欲しい」ということを書いて欲しいとおっしゃっていました。

 

確かにこの自立支援医療(精神通院)制度は、長引く精神疾患

治療には役にたつのですが、医師としては、決して意地悪を

しているのではないといううことをご理解いただければと思います。

 

まずは、困ったら必ず医師に相談してください。

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